ナナ、さようなら
別の記事を書いていたら、
弟からメールが入った。
さっさと書いて寝よう。
そう思ってた矢先だった。
「ナナさん亡くなったから」
簡素な内容だけれど、意味とその重さはわかった。
誤解無いように先に書いておくと、
"ナナ"とは人ではなく、実家で飼っている猫の名前だ。
ただ、私にとってはかけがえの無い家族の一員でもある。
ナナが我が家に来たのは、私が中学生の頃だった。
確か中一。確か7月。
その日の昼間、親父が持ってきたバスケットの中にいたのは、
手のひらに乗るほどの小さな子猫だった。
その子は女の子。
どこぞから貰って来たそうだが、
詳しくは知らない。
兎も角、我が家に再び猫がやって来た事に、
そして余りの小ささと愛らしさにテンションが上がった事だけは覚えている。
再び、と言うのは、その子猫が来る以前、
一度猫を飼っていた事がある。
ペペという名のその猫は野良猫で、
最初は軒下で餌をやっていると、いつの間にか家の中に入ってきて住みついた。
来た時から大きかったその猫は、夜間は外に放し飼い状態にしていたのだが、
住み着いてから数年後、具合の悪いまま外に出て、二度と帰って来なかった。
あまりに長い間住み着いてたこともあり、突然旅に出たとは思えず、
年齢やその時の具合も考えると、おそらく外で息をひきとったのだと思う。
生きているのかいないのか。
それすら分からない状態でぺぺと別れただけに、それから数年後、
小さな子猫がバスケットに入って我が家にやってきた時は嬉しかった。
ナナ。
付けられた名前。名づけたのは自分。
その当時読んでいた何かの漫画から取った。
それに、1代目がペペだから、なんとなく語呂があった。
ただ、それをそのまま言うと姉に猛烈に反対されそうだったから、
「7月にやってきたから」という理由にしておいた。
今考えればよくそれで通ったものだ、と。
ナナ。
正確には菜々。
姉の一字をとって当てた。
だから姉は文句を言わなかったのかもしれない。
さて、その日から新しい家族が出来たわけだが、
それほど劇的なエピソードと言うものはない。
だから面白い話もなにも無いのだけれど、
少しだけ菜々の話しをしようと思う。
言えば私が子供の頃にやって来た子猫。
共に育った時期的には兄妹のようなもののはずだが、
どうやら菜々は私の事をずっと息子だと思っていたようだ。
と言うか、たぶん今でも思っていたと思う。
それも対したエピソードではないのだが、
例えば私が風呂やトイレに入っていると、
何故かその後についてきて扉の前でじっと出てくるのを待っている。
特に寂しいからとか言うわけでもない様で、
風呂の扉を開けて名前を呼んでもただ座っている。
しかも、そんな事をするのは私が風呂やトイレに入る時だけ。
両親は勿論、姉や弟が風呂に行ってもお構い無しに寝ている。
けれど、私のときは毎日扉の外で番をしている。
特に私に懐いていたわけでもなく、むしろ姉に一番懐いていた。
いつも姉の膝の上。寝るときは姉の部屋。
私の事を息子だと思っており、心配だから扉の前で待っている。
それが我が家の定説だった。
確かに、そっけない癖に、
私が寝転がっていると近付いてきて髪の毛を毛舐めしてきたり、
扱いは我が子のそれだった。
菜々は甘えたというよりクールな猫で、
必要以上に甘えてくるのは飯のときくらいだ。
機嫌のいい時にこちらから近付いていくと、
ゴロゴロ言いながら毛舐めしてくる感じで、
向うから甘えてくる事はそんな無かったと思う。
膝に乗る時も、そこに寝床があるから乗る、といった感じのクールビューティーだった。
縄張り意識と言うか、兎に角部外者を寄せ付けず、
菜々の後に短い期間いたパンスという猫がやってきた時は、
叩いたりはしないけれど、すれ違うたびに目を合わさずに唸っていた。
パンスはパンスでおっとりした猫で、
先輩の顔を立てる感じで出しゃばったりは決してしない猫だった。
それでも菜々はしきりに唸りながら歩いていた。
パンスは家に来てすぐに亡くなったんだけど、
その後やってきたやんちゃ坊主のテトラは菜々にちょっかい出しまくりだった。
基本的に菜々は喧嘩を買わずに唸るだけだったけど、
テトラが菜々にしきりに喧嘩をうるもんだから、
おそらく菜々はテトラが嫌いだったと思う。
ただ、テトラはオス猫、菜々はメス猫だったけど、
度が過ぎた場合はガチで喧嘩していた。そして負けなかった。
まぁそんな喧嘩も、テトラが悪いわけだから、
家人が見つけてテトラ一人が怒られるの繰り返し。
そういう事もあってだと思うけど、菜々がテトラに本気で反撃する事はあまりなかった。
気が強い。
そんな菜々のエピソードが一つ。
ウチにチビという犬がやって来た。
前の飼い主からは虐待され続けてた犬。
前の飼い主が亡くなって、ウチが引き取った。
最初は人間恐怖症だったものの、家人(私は既に大阪)の愛情もあって、
私が実家に帰る頃には信じられないほど人懐っこい犬になっていた。
人だけじゃなく、我が家の猫にも尻尾を振る、心優しい犬だった。
つまり、特に危害を加える危険な存在なわけじゃなく、
しかも屋外で飼っていたから室内に入る事は無い。
時たま台所の勝手口から入ってくるけど、
勝手口の靴脱ぎ場?に柵の用なものを設け、靴脱ぎ場までは入ってこれるけど、
家に上がる事は出来ない状態になっている。
晩飯はそこの勝手口で食べる。
やんちゃなテトラは、実は肝っ玉が小さく、チビが嬉しそうに吼えるというのもあるけど、
チビが勝手口にいる時は遠くからこそっと眺めているだけだ。
大好きな台所にすら入ろうとしない。
ある日。
いつもの様に怯えるテトラを尻目に、
菜々が平然とチビのいる勝手口の方へ歩み寄っていく。
何をするのかと思った瞬間、
猫パンチ!
チビの顔面に炸裂。
一発パンチを繰り出した菜々は、
そのまま平然と台所を出て行ったそうな。
残されたチビは、何故殴られたのか分からずにキョトンとしていたらしい。
恐れを知らないクールビューティー、菜々。
大体どんな猫か掴めたと思う。
けれど、菜々。
クールビューティーなだけでなく、実は心優しかったりする。
パンスとチビは既に他界している。
パンスは捨て猫で、病気持ちだった。
ウチにやってきた時点で余命もいくばくか。
そうとは知らない私達。
パンスは最後の短い余命をウチで過ごした事になる。
そんな短い期間、しかもパンスに唸ってばかりいた菜々だったけど、
パンスが息を引き取ってからしばらくの間、体調を崩した。
突然消えたパンスに、多分わかっていたのだと思うけど、
寂しかったのだと思う。
チビが亡くなってから暫くも、やはり元気が無かったそうだ。
まぁツンデレという奴か、
実は人一倍寂しがり屋だったのかもしれない。
菜々はここ数年具合が悪く、結局20年近く生きてたわけで、
本当に大往生だった。
我が家にいた猫、犬の中で、生まれてから終始平穏で、
そしてそのまま寿命を全うしたのは菜々が初めてだ。
ペペは野良で、そして最後は多分寂しかったと思うし、
パンスは本当に最後の瞬間だけしか一緒に過ごせなかった。
チビはウチに来る前までが酷すぎたし、そういう意味で、
菜々の死を大往生と言える事が少し嬉しい。
菜々の具合が悪くなったのはもう数年前からで、
年齢的にはいつか、という話は大分前からあった。
ただ、本当に死ぬとは思わなかった。
丁度この前の7月に帰省した。
前に帰省したのが4、5年前。
本当に久しぶりの帰省。
その前帰ったときも菜々は痩せていて、
年齢的にもうそろそろ、という感じは暗黙ではあったけど、家族の中にあった。
それから4年も5年も帰んなかったのは、
あまり死ぬとは思えなかったからでもある。
でも、不思議なもんやね。
実は、今年の7月の帰省は偶然だった。
本当は帰るはずが無かった。
帰省しやすいようにと、大阪から東京に行ったのが今年の4月。
去年祖父が亡くなったのはあるんだけど、
実は、菜々のこともあって、身軽になった状態で東京行こうと思った。
信じられない人は信じられないと思うけど、
菜々はね、家族やねん。
でも、4月の引越し。
費用もかさむ。
GW、お盆。
そこは帰らずに、正月やなって思ってた。
それが、7月。
突然会社から大阪に帰ってこと言う話になった。
個人的には怒り心頭で、会社に対して不信感を抱き、
それが切欠か、今はあまり調子良いとはいえない。
ただ、その話があった7月。
大阪に帰るのなら、と言うことで、東京にいる間に仙台に帰省した。
その方が交通費が圧倒的に安いからね。
菜々と会って、テトラと会って。
実はそれがメイン。
帰省した3日かな、ずっと菜々とテトラと一緒にいた。
菜々とも次があるかわからんって思ってたからね。
その日の昼、いつも二階にいる菜々が下に下りてきた。
それからずっと、私の膝にのり、
暫くして私がしんどくなって脇に布団で寝床作って一緒にいたけど、
家人曰く、ここ数年ずっと、人がいても一階に降りてくる事は余り無かったそうだ。
家人が帰ってきて私のそばで寝てる菜々を見て、
皆が皆驚いてた。
そうなのか、と、ただ思った。そして少し嬉しかった。
それから二ヶ月。
今日。
弟からのメールだ。
2008年9月25日。午前0:28。
菜々が息を引き取って直ぐにメールくれたらしい。
電話して、母親とちょっとだけ話して。
大往生や。
そう言って。
涙は出なかった。
大往生。
本当にそうだし、そう思ったから。
ただ、何か書こうと思った。
メール貰って、1:00前から今まで文章書いて、
今は涙が止まらない。
菜々、さようなら。
神やあの世を信じない俺が言うのもなんだけど、
こういう時は、霊やあの世があって欲しいと思う。
パンスとチビが先に行ってるから、
今度は余り唸らずに仲良くやってあげてね。
本当に、ありがとう。





弟からメールが入った。
さっさと書いて寝よう。
そう思ってた矢先だった。
「ナナさん亡くなったから」
簡素な内容だけれど、意味とその重さはわかった。
誤解無いように先に書いておくと、
"ナナ"とは人ではなく、実家で飼っている猫の名前だ。
ただ、私にとってはかけがえの無い家族の一員でもある。
ナナが我が家に来たのは、私が中学生の頃だった。
確か中一。確か7月。
その日の昼間、親父が持ってきたバスケットの中にいたのは、
手のひらに乗るほどの小さな子猫だった。
その子は女の子。
どこぞから貰って来たそうだが、
詳しくは知らない。
兎も角、我が家に再び猫がやって来た事に、
そして余りの小ささと愛らしさにテンションが上がった事だけは覚えている。
再び、と言うのは、その子猫が来る以前、
一度猫を飼っていた事がある。
ペペという名のその猫は野良猫で、
最初は軒下で餌をやっていると、いつの間にか家の中に入ってきて住みついた。
来た時から大きかったその猫は、夜間は外に放し飼い状態にしていたのだが、
住み着いてから数年後、具合の悪いまま外に出て、二度と帰って来なかった。
あまりに長い間住み着いてたこともあり、突然旅に出たとは思えず、
年齢やその時の具合も考えると、おそらく外で息をひきとったのだと思う。
生きているのかいないのか。
それすら分からない状態でぺぺと別れただけに、それから数年後、
小さな子猫がバスケットに入って我が家にやってきた時は嬉しかった。
ナナ。
付けられた名前。名づけたのは自分。
その当時読んでいた何かの漫画から取った。
それに、1代目がペペだから、なんとなく語呂があった。
ただ、それをそのまま言うと姉に猛烈に反対されそうだったから、
「7月にやってきたから」という理由にしておいた。
今考えればよくそれで通ったものだ、と。
ナナ。
正確には菜々。
姉の一字をとって当てた。
だから姉は文句を言わなかったのかもしれない。
さて、その日から新しい家族が出来たわけだが、
それほど劇的なエピソードと言うものはない。
だから面白い話もなにも無いのだけれど、
少しだけ菜々の話しをしようと思う。
言えば私が子供の頃にやって来た子猫。
共に育った時期的には兄妹のようなもののはずだが、
どうやら菜々は私の事をずっと息子だと思っていたようだ。
と言うか、たぶん今でも思っていたと思う。
それも対したエピソードではないのだが、
例えば私が風呂やトイレに入っていると、
何故かその後についてきて扉の前でじっと出てくるのを待っている。
特に寂しいからとか言うわけでもない様で、
風呂の扉を開けて名前を呼んでもただ座っている。
しかも、そんな事をするのは私が風呂やトイレに入る時だけ。
両親は勿論、姉や弟が風呂に行ってもお構い無しに寝ている。
けれど、私のときは毎日扉の外で番をしている。
特に私に懐いていたわけでもなく、むしろ姉に一番懐いていた。
いつも姉の膝の上。寝るときは姉の部屋。
私の事を息子だと思っており、心配だから扉の前で待っている。
それが我が家の定説だった。
確かに、そっけない癖に、
私が寝転がっていると近付いてきて髪の毛を毛舐めしてきたり、
扱いは我が子のそれだった。
菜々は甘えたというよりクールな猫で、
必要以上に甘えてくるのは飯のときくらいだ。
機嫌のいい時にこちらから近付いていくと、
ゴロゴロ言いながら毛舐めしてくる感じで、
向うから甘えてくる事はそんな無かったと思う。
膝に乗る時も、そこに寝床があるから乗る、といった感じのクールビューティーだった。
縄張り意識と言うか、兎に角部外者を寄せ付けず、
菜々の後に短い期間いたパンスという猫がやってきた時は、
叩いたりはしないけれど、すれ違うたびに目を合わさずに唸っていた。
パンスはパンスでおっとりした猫で、
先輩の顔を立てる感じで出しゃばったりは決してしない猫だった。
それでも菜々はしきりに唸りながら歩いていた。
パンスは家に来てすぐに亡くなったんだけど、
その後やってきたやんちゃ坊主のテトラは菜々にちょっかい出しまくりだった。
基本的に菜々は喧嘩を買わずに唸るだけだったけど、
テトラが菜々にしきりに喧嘩をうるもんだから、
おそらく菜々はテトラが嫌いだったと思う。
ただ、テトラはオス猫、菜々はメス猫だったけど、
度が過ぎた場合はガチで喧嘩していた。そして負けなかった。
まぁそんな喧嘩も、テトラが悪いわけだから、
家人が見つけてテトラ一人が怒られるの繰り返し。
そういう事もあってだと思うけど、菜々がテトラに本気で反撃する事はあまりなかった。
気が強い。
そんな菜々のエピソードが一つ。
ウチにチビという犬がやって来た。
前の飼い主からは虐待され続けてた犬。
前の飼い主が亡くなって、ウチが引き取った。
最初は人間恐怖症だったものの、家人(私は既に大阪)の愛情もあって、
私が実家に帰る頃には信じられないほど人懐っこい犬になっていた。
人だけじゃなく、我が家の猫にも尻尾を振る、心優しい犬だった。
つまり、特に危害を加える危険な存在なわけじゃなく、
しかも屋外で飼っていたから室内に入る事は無い。
時たま台所の勝手口から入ってくるけど、
勝手口の靴脱ぎ場?に柵の用なものを設け、靴脱ぎ場までは入ってこれるけど、
家に上がる事は出来ない状態になっている。
晩飯はそこの勝手口で食べる。
やんちゃなテトラは、実は肝っ玉が小さく、チビが嬉しそうに吼えるというのもあるけど、
チビが勝手口にいる時は遠くからこそっと眺めているだけだ。
大好きな台所にすら入ろうとしない。
ある日。
いつもの様に怯えるテトラを尻目に、
菜々が平然とチビのいる勝手口の方へ歩み寄っていく。
何をするのかと思った瞬間、
猫パンチ!
チビの顔面に炸裂。
一発パンチを繰り出した菜々は、
そのまま平然と台所を出て行ったそうな。
残されたチビは、何故殴られたのか分からずにキョトンとしていたらしい。
恐れを知らないクールビューティー、菜々。
大体どんな猫か掴めたと思う。
けれど、菜々。
クールビューティーなだけでなく、実は心優しかったりする。
パンスとチビは既に他界している。
パンスは捨て猫で、病気持ちだった。
ウチにやってきた時点で余命もいくばくか。
そうとは知らない私達。
パンスは最後の短い余命をウチで過ごした事になる。
そんな短い期間、しかもパンスに唸ってばかりいた菜々だったけど、
パンスが息を引き取ってからしばらくの間、体調を崩した。
突然消えたパンスに、多分わかっていたのだと思うけど、
寂しかったのだと思う。
チビが亡くなってから暫くも、やはり元気が無かったそうだ。
まぁツンデレという奴か、
実は人一倍寂しがり屋だったのかもしれない。
菜々はここ数年具合が悪く、結局20年近く生きてたわけで、
本当に大往生だった。
我が家にいた猫、犬の中で、生まれてから終始平穏で、
そしてそのまま寿命を全うしたのは菜々が初めてだ。
ペペは野良で、そして最後は多分寂しかったと思うし、
パンスは本当に最後の瞬間だけしか一緒に過ごせなかった。
チビはウチに来る前までが酷すぎたし、そういう意味で、
菜々の死を大往生と言える事が少し嬉しい。
菜々の具合が悪くなったのはもう数年前からで、
年齢的にはいつか、という話は大分前からあった。
ただ、本当に死ぬとは思わなかった。
丁度この前の7月に帰省した。
前に帰省したのが4、5年前。
本当に久しぶりの帰省。
その前帰ったときも菜々は痩せていて、
年齢的にもうそろそろ、という感じは暗黙ではあったけど、家族の中にあった。
それから4年も5年も帰んなかったのは、
あまり死ぬとは思えなかったからでもある。
でも、不思議なもんやね。
実は、今年の7月の帰省は偶然だった。
本当は帰るはずが無かった。
帰省しやすいようにと、大阪から東京に行ったのが今年の4月。
去年祖父が亡くなったのはあるんだけど、
実は、菜々のこともあって、身軽になった状態で東京行こうと思った。
信じられない人は信じられないと思うけど、
菜々はね、家族やねん。
でも、4月の引越し。
費用もかさむ。
GW、お盆。
そこは帰らずに、正月やなって思ってた。
それが、7月。
突然会社から大阪に帰ってこと言う話になった。
個人的には怒り心頭で、会社に対して不信感を抱き、
それが切欠か、今はあまり調子良いとはいえない。
ただ、その話があった7月。
大阪に帰るのなら、と言うことで、東京にいる間に仙台に帰省した。
その方が交通費が圧倒的に安いからね。
菜々と会って、テトラと会って。
実はそれがメイン。
帰省した3日かな、ずっと菜々とテトラと一緒にいた。
菜々とも次があるかわからんって思ってたからね。
その日の昼、いつも二階にいる菜々が下に下りてきた。
それからずっと、私の膝にのり、
暫くして私がしんどくなって脇に布団で寝床作って一緒にいたけど、
家人曰く、ここ数年ずっと、人がいても一階に降りてくる事は余り無かったそうだ。
家人が帰ってきて私のそばで寝てる菜々を見て、
皆が皆驚いてた。
そうなのか、と、ただ思った。そして少し嬉しかった。
それから二ヶ月。
今日。
弟からのメールだ。
2008年9月25日。午前0:28。
菜々が息を引き取って直ぐにメールくれたらしい。
電話して、母親とちょっとだけ話して。
大往生や。
そう言って。
涙は出なかった。
大往生。
本当にそうだし、そう思ったから。
ただ、何か書こうと思った。
メール貰って、1:00前から今まで文章書いて、
今は涙が止まらない。
菜々、さようなら。
神やあの世を信じない俺が言うのもなんだけど、
こういう時は、霊やあの世があって欲しいと思う。
パンスとチビが先に行ってるから、
今度は余り唸らずに仲良くやってあげてね。
本当に、ありがとう。





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